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人生は結果的にはひとつの道しかなかったことになるが、それはあくまでも結果論にすぎないということが重要ではないか。

人生のその局面、局面においては選択肢はひとつだけということは少なかったと思う。

いくつかの可能性の中からある道を選び取って、その他の可能性を捨てたから結果的にひとつしかなかったとなるのではないか。 だから選択した道で失敗したときに後悔するのだと思う。

「あのときに、別の方法を選んでおけばよかった」と。この世の中は自分の思い通りにはなりにくいという意味では人生は 不自由とも言えるが、その局面、局面において複数の選択肢があるという意味においては人生は自由がある。

自分には「選択」という決断をする機会があるのだから。

これが本当の自由の行使ではないか。 自由というのはそういうことなのではないか。

なんでも自分の思い通りになることは自由ではなくて、「勝手・気まま・したい放題」と言う。自由とは不自由の中にこそ意味があるものではないか。

したい放題の中には、そもそも不自由がないから、必然的に自由もなくなってしまう。

だから人生は結果論として、「この生き方しかなかった」となる。

はじめから決まり切った生き方などは存在しない。

そのときどきの決断の連続が、その人の人生を作り上げているのだから。

決断する時点で別な決断をしていれば人生は変わり、それでも過去を振り返ったときには「この生き方しかなかった」となる。

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